Cakeforyou,Teaforyou
WGPが開催されるようになってしばらく。
いつ頃からだったか、リョウとカルロは一つ屋根の下に住むようになっていた。
「今帰ったぞ」
「おう」
8月7日、日暮れ時。
リョウに食事の用意の邪魔だからと外に追い出されていたカルロが帰ってきた。
カルロも決して料理下手という訳ではなかったが、
その日の気分でつい簡単に済ませてしまったり、
(雨でも降ってしまえばそれさえ用意されなかった)
そうかと思えば極端に高価なものを並べたりするので
栄養、家計などの面からリョウが食事を作ることが多かった。
「・・・?」
テーブルの上に、かつて無いほど料理の皿がのっていた。
無論、普段のリョウからは考えられないことである。
「何だぁ、この料理の山は?誰かの葬式でもあるのか?」
ドイツのリーダーあたりは殺しても死なねえなと思いつつカルロが尋ねた。
「葬式でケーキは出さんだろ」
いくらなんでもいきなり葬式は無いだろうと言いたいところを抑えてリョウが答えた。
「じゃあ何だってんだ。まさか結婚式なんて言わねえだろうな」
二人の知り合いは監督、スタッフなどを除けば一応
全員がジャリボーイ&ジャリガール(byポ○モン)である。
それには答えずリョウが問い掛けた。
「お前、今日誕生日なんだってな」
「!………」
「お前の口からは聞いてなかったが」
「…誰から聞いた」
「トレーディングカードに書いてあった」
どがらがしゃん。カルロがすっ転んだ。
「と、ジャネットが他の女子と話しているのを聞いた」
「…女ってのは、余計なことばかり喋りやがる…」
「オレは金持ちじゃないからたいした事はできないが、誕生日くらいは
祝ってやりたいと思っている。なぜ黙っていた?」
「………」
カルロは黙っている。
もう1度同じ質問をしようとリョウが口を開きかけたときだった。
「………ねえよ………」
どこか遠くの方へ視線をそらして、カルロが何かつぶやいた。
「?」
「めでたくなんかねえ、そんなもん…」
「誕生日のことか?」
「………」
リョウは、カルロが両親に捨てられ天涯孤独の身だったことを思い出した。
彼にとっては、自分の誕生日など忌まわしい記憶でしかないのかもしれない。
それ以前に、今日が本当の誕生日かどうかも怪しいのだ。
ならば。
それならば何か別の理由で祝おうか。
しかし特にこれといった理由も見当たらない。
そうだ、何かの記念日はどうだろうか。
リョウは壁にかけられたカレンダーに目を移した。
『8月7日 鼻の日』
「・・・」駄目だ。「鼻の日記念」では訳がわからない。
そんなことを考えているうちに、
カルロがリョウの目の前でくるりと背を向け歩き出した。
「どこへ行く」
「部屋戻って寝る。飯はいらねえ」
「待て」
リョウは思わずカルロの肩をつかんでいた。
「離せ」
「離さない。今日は記念日だ」
「だから、何がどう記念日なんだって言ってんだよ!」
振り向いたカルロの目は赤く、充血しているようだった。
水色の髪に白い肌、赤い目。まるでウサギのようだ、とリョウは思った。
………ウサギ?
そういえば昔親父が買ってきて
二郎丸に聞かせてやった話の中に、ウサギが出てこなかったか?
ウサギとカメ、因幡の白ウサギ…何か違う。たしかあれは海外の話で………
「おい、聞いてんのか!?」
急に黙り込んで何かを考えだしたリョウを不審に思ったカルロが問いただす。
「カルロ、お前、ウサギの出てくる話を知らないか?」
「は?いきなり何言ってんだ。春でもないのにいかれちまったか!?」
春…いかれ……何かが引っかかる。
「もういい、離せ!」
「待て、もう少しで思い出せそうなんだ…」
「んな事知るか!オレは寝るっつってんだろ!」
「こんな早い時間に眠れるわけがないだろう。時計を見てみろ、まだ7時…」
時計?
扇子に手袋…
帽子屋に、ネズミで、ティーパーティー………
「それだ!」
リョウがいきなり大声で叫んだので、カルロは思わず拍子抜けしてしまった。
「何がだよ…」
「やっぱり今日はめでたい日だ、祝うぞ」
「てめえ、まだそんな事言ってやがるのか?誕生日なんか…」
「確かにお前の誕生日だが、祝うのは別の事だ。」
「だから、一体何を祝うってんだ」
「オレとお前の『なんでもない日』だ」
「は?」
「今日は正月でもクリスマスでもない。
オレとお前がここに居て、ここで飯を食って、ここで寝るなんでもない日だ。
だから今日は今日というなんでもない日を祝ってパーティーだ」
「・・・いい年してアリスかよ。それになんでもない日が祝う日になったら
なんでもない日じゃなくなっちまうんじゃねえのか」
「何?」
そう言われてみると変な気がする。
なんでもない日はなんでもない日だから祝う日になって、
祝う日になったらなんでもない日でないので祝う日ではなくなって、
祝う日ではない日はなんでもない日だから………
「…もういいからその辺で止めとけ。本当にいかれちまうぞ」
頭が混乱してきた様子のリョウを見かねて、カルロが声をかけた。
「すまん」
「とりあえずオレとてめえとで飯を食う。それでいいな?」
「わかった」
そして、二人は冷めた料理を温めなおすと、少し遅い夕食にとりかかった。
「しかし、てめえがあそこまで食い下がるとは思わなかったぜ(がふがふ)」
「そうか(もがもが)」
「そうまでして俺に夕飯食わせたかったのかよ」
「一人では食いきれないしな。それに・・・」
「?」
「・・・何でもない」
本当に祝いたかったのだといったら笑うだろうか。
同じ屋根の下で過ごす自分とカルロ、二人の『なんでもない日』を。
実際、祝う対象はどうであれ、今夜の料理はカルロに食べさせようと奮発したものであり、
普段の料理はというと、これもまた、カルロのためだった。
そんな調子で食事をしていると、カルロはあることに気づいた。
「この肉、骨なしだな」
「食いづらいかと思って取ったんだが」
「わかってねえな。肉ってのは骨付きに限るんだよ」
「確かに、オレも今もの足りないと思った」
「だろう?骨なしは食いごたえがなくていけねえ。
それに大体、肉は骨の周りが美味いって相場が決まってる」
「そうだったな、最近はもともと骨のないやつを買っていたから・・・」
そこまで言うと、リョウは急に食事の手を止め、カルロのほうを見た。
その目線はカルロの首から肩、胸のあたりに向けられている。
「?何見てんだよ?」
リョウはその問いには答えず、しばらくカルロの体を見つめていた。
そして、おもむろにカルロの首に咥えついた。
「ひっ・・・」
そのまま鎖骨を沿い、胸へと移る。
「てめっ、何しやがる・・・」
「うむ、やはり骨の周りが美味いな」
「ばっ・・・」
リョウの言葉に、カルロの顔が耳まで真っ赤に染まる。
それを見たリョウがさらに追い討ちをかけた。
「耳も美味そうだ」
「だああっ、止めろ!咥えたら殺す!噛んだらもっと殺す!!」
「そうか、なら仕方がない」
そう言うとリョウはカルロの耳をペロリと舐めた。
「〜〜〜〜〜〜!!」
「舐めてはいけないとは言われなかった」
ボロボロである。
辛うじて体勢を立て直し、カルロが反論した。
「てめえはっ、飯食わずにオレを食ってどうすんだよ!!」
「ん?」
テーブルにはまだ、大量の料理が残っていた。
「すまん、ついうっかり」
「ああ゛!?」
あまりといえばあまりな回答にまたしてもカルロがコケた。
直後血管でも切れそうな勢いでリョウに食ってかかる。
「うっかりで人を食うのかてめえは!?」
反面、リョウは次第に落ち着きを取り戻したようだった。
「すまなかった」
「ったく、マジでいかれてるぜ・・・」
そう言いながらも、カルロはひとまず
当面の危機が去ったことを感じて内心胸を撫で下ろしていた。
その後、しばらくは二人ともひたすら食べることに夢中で、どちらかが何を言い出すということもなかった。
このまま、無事に二人の夕食は終わるかと思われた。
が。
「・・・しまった」
他のすべての料理を食べ終わった時点で、リョウはケーキにロウソクを立てていなかったことに気がついた。
さらに悪いことには、ロウソクを買い忘れていた。
「ロウソク?食うのか?」
今度はリョウが転ぶ番だった。
「食わん」
「ならいらねえだろ」
「そういう訳にもいかんだろう、誕生・・・」
・・・日のケーキなら、という言葉を危うく飲み込んだ。
それを知ってか知らずか、カルロがせかす。
「いいから早く食おうぜ、暑くてパンナが溶けちまう」
ちなみにパンナとは、イタリア語で生クリームのことである。
「ああ」
まふまふ・・・
その後二人は5分足らずで28センチ径のケーキを食べ終えた。
「しかし、ケーキまで作れたとは意外だな」
甘いケーキを食べて気が緩んだのか、
カルロが口元にクリームをつけたまま話し掛ける。
当然といえば当然だが、リョウの普段作る料理は
主菜副菜、汁物、一品ものなどご飯、おかず系が多かった。
「そうか」
リョウが紅茶を淹れながら答える。
「これなら店だって開けるんじゃねえか?スポンジとかプロ級だ」
そこまで言ってもらえるとは、ひそかに練習した甲斐があった。
確かに、今回のスポンジは今までで一番うまく焼けていた。
色もよく、キメも細かかったし、しっとりと柔らかく仕上がった様子は
まるで天使の肌のような・・・
「………待て、コラ」
リョウがこちらを見ている。しかも、さっきより格段に熱のこもった
怪しげなオーラを漂わせてうつろな目でこちらを見ている。
自分がまた何か失言をしたのだろうか・・・
「・・・って、おい!茶ぁこぼれてんぞ!」
リョウの手元で、満杯のカップから溢れた紅茶がテーブルに
海を作っていた。それを聞いているのかいないのか、リョウは、
何を思ったか発作的にポットとカップに入った紅茶を飲み干した。
その間、リョウの顔はずっと先ほどの表情でカルロに向けられたままである。
紅茶は火から降ろしてしばらくたっているとはいえ相当な熱さの筈だった。
「てめえ、一体何を!?」
カルロは仰天した。その言葉が全く耳に入っていないようにリョウがつぶやく。
「天使………」
「は?」
「美味そうだ……」
そこまで言うとリョウは、ひょいとカルロを持ち上げた。
俗に言う『お姫様抱っこ』状態である。
リョウの中で、何かがふっ切れたようだった。
「ちょ、おい…」
リョウはそのまま物凄い速さで寝室の前まで行き、片手でドアを開け、
ベッドへカルロを降ろすと自分も同じベッドに乗りこんだ。
「てめっ、何を…」
「食わせてくれ!」
リョウは勢いよくカルロに覆い被さると、むしゃぶりつくように口付けた。
「!!!」
しばらくそのままの状態を保っていたが、少しすると
さすがに苦しくなって息をつく。
「・・・ぷはっ!」
「はあ、はあ・・・てめえ、いきなり何しやが」
「やっぱり一番だ」
「!?」
カルロの言葉を遮るようにリョウが耳元でささやく。
その顔に浮かんだ力強い笑みは、嬉しくてたまらないというようにも見えたし、
炎天下で水を飲んだときの表情にも似ていた。
「オレの作ったどんな料理より、お前が一番だ」
「!」
カルロの顔が、今日一番の赤さに染まる。
「・・・勝手にしやがれっ・・・」
二人はそのままベッドに沈んだ。
「………てめえのキス、紅茶の味がしやがる」
「そう言うお前は、ケーキの味がするぞ…」
その晩、二人が過ごしたティーパーティーがどんなものであったかは、
夜空の月と二人のマシンだけが知っているのであった。
END.
三国☆千夏さんからの2345ヒットのリクエスト『リョウカルで一つ屋根の下でカル誕祝い』
というお題で描かせていただきました〜遅れて申し訳ありません(><)